石との距離感


今日は「石との距離感」について

綴りたいと思います。


皆さんは、どんな心持ちで

石と接していますか?


石との付き合い方は多様で、

絶対にこれが良いと言える方法はないな、

人それぞれだなぁ、

とわたしは思っていますが、

自分にフィットする方法を

各々が見つけることができれば、

石も人も幸せなのではないでしょうか。


人と石との距離感は、

時として人と人との距離感に似ていて、

まるで石が練習をさせてくれていると

感じることがあります。


仏教に「他力」という言葉があります。

「たりき」と読み、他力本願を言いますが、

阿弥陀如来が悟りを開くときに立てた

一切の人を救う本願を言うそうです。


今の世では、自分の努力はさておき、

他人の力を当てにしている人に

使うことが多いと思われます。

あまり良い意味では使われませんね。


しかし、本来の「他力」の意味は、

自分ができる努力を精一杯して

準備を行い、風を待つことです。

自力による努力は謙虚さを育み、

風を感じる感性を研ぎ澄ませます。


石を選ぶ、この石が気になる、

この石を手元に置きたい、持っていたい。

これは心の微細な思いと石との共鳴です。


すぐに消えてしまいそうになる、

この感覚を、想いを、

形あるものとして手元に置く。

石は布石にもなり得ます。


「布石(ふせき)」

この言葉は囲碁の用語では、

一局の碁を三段階に分け、

「石立、分れ、固め」の石立を言うそうです。


また、「布石(ぬのいし)」とも言い、

道に沿い長く敷かれた石で、

布敷石の略語としても使われます。


人と石との関係に於いての「布石」は、
物事の初動、その心持ちに関わり、
道標(みちしるべ)となるもの、
と言えるのかもしれません。


どんな場合に於いても、

石はそのままありのままに、

私たちと関わりを持ってくれています。

あるときは沈黙し、

あるときは喜びに満ちた輝きを放ちます。


「人は見たいように世界を見ている」

「石はありのままに世界を見ている」


この違いに気付くことで、

同志として、

如何に石が関わりを持ってくれているかを

知ることができます。


それぞれの役割に於いて、

力を発揮します。


今日はちょっと難しい

精神論的なお話になってしまいましたが、

石との距離感について、

平面的な意識というよりは、

空間的な意識で

読み返していただけたらと思います。

Crystal Flying by NATUEL

慧胡です。 多様なクリスタル、 多次元にわたるクリスタルについて、 ランダムに綴るブログです。 クリスタルの今とわたしたちの今を、 飛行を操縦するように注意深く、 そして空から眺めるように心地よく、 時に地中に入りながら、 地上に響く石達の声を、 コトノハとして綴ります。