神聖な空間の振動数

会社の鎮守様、山王日枝神社へ伺いました。

この日は珍しく、人が少なくて静かな境内でした。

夢御殿にてご祈祷をしていただきました。

ご祈祷はたった一人、わたしだけの参列。

こんなに贅沢なことは初めてです・・・


ご祈祷を待つ間の待合場所で

心を静かにしていると、神聖な石の

エネルギーに触れているときと同じ、

細やかな振動数を感じました。

そして、様々な別次元の存在が、

何やら話し合いをしているようでした。


多次元存在に、

いつも見られている。

いや、視られている。

それを感じていると、

正直である自分でいようと

心が叫びます。


世の中には、間違えているのではと思いながら、

それを無視しなければならない出来事があります。

とても心苦しいのですが、

自分以外の人の関わりがあると、

正義は貫くべきかと迷います。

そうして、大きなものにまかれながら、

自分を見失いそうになります。


見失いそうになる内側から、

真実を求め、神聖な石に出逢い、

触れていると、

自分を生きるしかないのだ、

ということに気が付きます。


この世で肉体に在り、

振れ幅を体験しながら、

振動数を上げていくこと。

これが、多次元に気付きながら、

今を生きる者の使命です。


自分を生きると決めても、

自分がわからなくなる時があります。

その皮を剥がすように、

様々な色石に触れると良いです。

石達は、自らの役割に受容的です。


そして様々な色の石が、

内なる光と共鳴し、

内なる輝きが増していきます。


段階を経て、

様々な石に出逢い、

その石と触合い、

そしてまた次の石を迎える。


このプロセスを、

霊性を高めるプロセスと一致させることで、

物質世界が生きやすくなります。

この世界を視ながら、

多次元を視る視点が養われます。


石を物質世界の欲として扱うと、

霊性を高めるプロセスから

幾何か外れますが、この時も、

石達は、自らの役割に受容的です。

軌道に戻すように働きます。


これは、石に恐れを感じることの

原点でもあります。

石が恐いと感じるのは、
石が自らの欲に従うことのない存在で、
自らの欲に向き合うことに
恐れを感じているためです。
この段階で、石は鏡の役割をします。

石が鏡の役割をしてくれることは、
石の役割のすべてではありません。
鏡の役割を超えていき人と関わることを、
石達は望んでいるように思います。



この空は、ご祈祷後に境内から見上げて

撮影しました。


神聖な空間に身を置くときの振動数と、

神聖な石に触れているときの振動数の一致。


貴重な体験でした。

Crystal Flying by NATUEL

慧胡です。 多様なクリスタル、 多次元にわたるクリスタルについて、 ランダムに綴るブログです。 クリスタルの今とわたしたちの今を、 飛行を操縦するように注意深く、 そして空から眺めるように心地よく、 時に地中に入りながら、 地上に響く石達の声を、 コトノハとして綴ります。